プロフィール

私が34歳で助産師になったワケ(3)

【帝王切開】

 

手術台はとても冷たかった
恐怖でそう感じたのかもしれない

 

海老のように丸くなって
腰椎に針を刺して麻酔をかける

 

腰椎麻酔は
下半身の感覚は無くなるけど
意識は無くならない
だから、赤ちゃんの誕生を
しっかり感じることができる

 

背中に痛みが走ったとたん
脚がじんわり重たくなった
そのまま仰向けになって
手術が始まった

 

なんだか、頭がぼーっとしてきた
看護師さんが
「先生、血圧・・・」
と言っているのが聞こえた
「林さん、大丈夫?」
看護師さんが聞くけど
ぼーっとして答えられない

 

そのまま目の前が
真っ白になった後
真っ黒になった
たぶん、麻酔の影響で
血圧が急にさがって
意識を失ったんだと思う

 

 

昇圧剤を使ったんだろう
すぐに意識は戻った
でも、急激な血圧の変化に
すごい吐き気が襲ってきた

 

「おえー」と何度もえずく
胃液のような、唾液のような
泡が口角から溢れた

 

 

看護師さんの手をずっと握っていた
「この手を離すとどこかへ行ってしまう」

 

そんな気がして、離れないように
強く、強く、握っていた

 

看護師さんは
私の手をずっと強く握り返してくれた
心強かった

 

 

お腹をグイグイ引っ張られたり
押されたりする感じが
しっかりわかった
それが吐き気を助長する

 

 

「もう、ほんまに限界
ホンマにしんどい
誰か助けて!だれか・・・」
心の中で叫んでいた

 

 

そのとき、
「もう赤ちゃんでてくるよ!!!」
先生が声をかけてくれた

 

 

【誕生】

 

そして、娘が誕生した
1999年4月28日15時01分

 

 

「うえーん!」
(おぎゃーではなかった)

 

 

赤ちゃんが産声を上げた

 

「ああ、良かった・・・」
「やっと、やっと逢えたね・・・」

 

声にならなかった

 

 

手術台に固定していた手を
看護師さんが、ほどいてくれた
そして、娘の手を触らせてくれた
しっとりしてて柔らかかった

 

 

ただただ、その感触を感じた

 

 

また、涙が溢れた
「産まれてきてくれてありがとう」
その気持ちでいっぱいになった

 

 

誕生って、
お母さんも、赤ちゃんも
命がけなんだ・・・
妊娠したら当たり前のように
産まれると思っていた
決してそうではないことを
身をもって知ることが出来た

 

 

先生は
「これは生まれへんはずやわー」
と、手術の最中に言った
赤ちゃんは後方後頭位といって
生まれてくる向きが普通と逆で
非常に産道を通りにくい向きだった

 

 

今だと、
これにもきっと意味がある
って思える

 

お産はそれぞれに完璧
赤ちゃんの向きが逆になったのも
それで経膣分娩出来なかったのも
きっと意味があるのだ

 

 

そのときは、そうは思わなかったけど・・

 

 

【不思議な体験】

 

 

この後、とても変なことが起こる
娘が手術室から出ていき
ホッとしたとたんに
ものすごい、変な感覚が全身を覆った
こんな感覚は生まれてはじめてだった

 

 

自分の体が自分じゃないような感覚
なにか、怒りのような強いエネルギーが
体の中で渦をまいて
そのまま、天に昇っていきそうだった

 

 

頭では、じっとしてないといけない
と思うのに、体がモゾモゾしてしまう
固定された両手をを外そうと
必死に手を前後左右にガタガタさせる

 

「そんなんしたらあかん」
自分に言い聞かせるのに
体は、言うことを聞いてくれない
頭と体が完全に別になってしまった
すごく叫びたい気分になる

 

 

「なんか、変だから、
お願い、薬で眠らせて!!!」
叫んでいた

 

 

「わかった、
しんどいんやったら寝とき」

 

 

鎮静剤が体に入っていった
しばらく眠っていたのだろう
閉腹も終わっていた

 

 

でも、変な感覚は残っていた
「もう一度眠らせて!」
再び、鎮静剤が投与された

 

 

次に目が覚めたのは
病室のベッドだった
さっきの強いエネルギーは
もう感じなかった

 

 

でも、体が急に震えだした
呼吸も苦しくなった
声が出なかった
家族がナースコールを押した

 

 

すぐ看護師さんは来てくれた
私と一緒に深呼吸をしてくれた
でも、手の震えは止まらない
血の気が引いていくのを感じた

 

 

看護婦さんは、思いついたように
病室を出て行った

 

 

看護師さんが生まれたての
娘を抱いて帰ってきた

 

そして、わたしの胸のボタンを開いて
そこに娘を乗せてくれた
柔らかく、温かかった

 

「かわいい・・・」
声が出た!

 

 

「おっぱいも吸わせてみよう」
看護師さんが介助してくれた

 

 

娘は力強く私のおっぱいを吸った
産まれたばかりなのに
だれも教えてないのに
ちゃんとおっぱいが吸える

 

「あーーー生まれたんだ」
「元気だ。ちゃんと生きてる」

 

赤ちゃんを感じると
すぅーっと
手の震えが消えていった

 

 

私はやっと母になった
この日をどんなに待っていたか

 

 

命の尊さを心から感じた娘の名前は
「あかり」
みんなの心にあかりが灯った

 

(4)へつづく